小松左京アート展 ―遺稿画とトリビュートアート―
漫画家デビュー70周年を記念して“漫画家小松左京”をテーマにした初の企画
(2018年1月13日(土)~1月28日(日) 銀座スパンアートギャラリーにて。 *終了しました
小松左京の遺稿漫画とともに気鋭のアーチスト22人が小松左京作品をテーマに描きおろしたトリビュートアートが展示中です。
小松左京はSF作家になる以前の旧制高校時代に漫画家としてデビューし、今年70周年を迎えます。 これを記念し、漫画家時代の原稿やイラスト、落書き、キャラクター検討メモなどの遺稿画(初展示含む)を展示してもらうと共に、アメリカで見つかった、幻のデビュー作「怪人スケレトン博士」全ページを初公開します。
萩尾望都先生、ヤマザキマリ先生、スタジオぬえの加藤直之先生ら、SF、幻想、ホラーなど、様々な ジャンルで活躍する第一線の漫画家、イラストレーター、デザイナーといった22名のアーチストの方々が、「日本アパッチ族」「エスパイ」「果てしなき流れの果に」「お召し」「くだんのはは」「日本沈没」 「さよならジュピター」など、小松左京の物語世界をテーマに新たなイメージのビジュアルアートを制作してくださいました。
小松左京のデビュー漫画
70年前のデビュー漫画「怪人スケレトン博士」初の全ページ展示 1948年9月、旧制高校時代に本名・小松實の名で商業漫画家デビュー。
<「怪人スケレトン博士」(メリーランド大学 プランゲ文庫所蔵>
モリ・ミノルのペンネームで「大地底海」などの作品を発表するが、漫画家としての活動は大学時代で終え、以降、長きにわたり漫画家であった事実を封印。没後3年の2014年、デビュー作「怪人スケレトン博士」がアメリカで発見され話題となる。「小松左京アート展」では、表紙、背表紙とともに、本編64ページ全てを初展示。
小松左京のデビュー漫画「怪人スケレトン博士」検証資料を公開します(2014年レポート)。 – 小松左京ライブラリ
*現在、復刻版出版の予定はないので、作品として通してお読みいただけるのは「小松左京アート展」のみになります。
<小松左京遺稿展示>
・「第五実験室」(1950年?)
:冒頭の見開きに描かれた豪華客船
:主人公を助ける四次元の生命体紹介のため画面半分以上が文字解説で占められているページ
・犬などの動物落書き(年代不明):京大時代のイタリヤ文学の課題プリントの裏に描かれたもの。
他に・戦艦、空母などの落書き(1950年?) :京大時代のイタリヤ文学の課題プリントの裏に描かれたもの
・「西部劇」(1950年頃):「第五実験室」原稿の裏から見つかったもの(初公開)
・原節子肖像(1953年?):女優・原節子さんと思われる肖像(初公開) なども展示
<小松左京トリビュートアート展示>
SF、幻想、ホラー、ギャグ、歴史など、様々なジャンルで活躍する第一線の漫画家、イラストレーター、デザイナーら22名ものビジュアルアーチストの方々が、小松左京の物語世界を新たなイメージでイラスト化してくださいました。
「日本沈没」「くだんのはは」といった小松左京の代表作だけでなく、SFファンにしか知られていない「機械の花嫁」「あなろぐ・らゔ」さらに「新趣向」といった飛んでもない作品までバラエティーに富んだラインナップです。
《参加アーチスト》
浅沼テイジ「日本沈没と小松左京」
青井邦夫 「さよならジュピター JADEⅢ」
麻宮騎亜「わだつみ&ケルマディック/日本沈没より」
イトウケイイチロウ「さよならジュピター」
イマムラセイヤ「くだんのはは」
開田裕治「日本アパッチ」
かざあな「果てしなき流れの果てに」
加藤直之「虚無回廊」
唐沢なをき「新趣向」
児嶋都「ゴルディアスの結び目」
寒河江智果「湖畔の女」
島田虎之介「ゴルディアスの結び目」
杉谷庄吾(人間プラモ)「機械の花嫁」
添田一平「お糸」
寺田克也「エスパイ」
とり・みき「保護鳥」
永野のりこ「嘆きのマリア」(小説「エスパイ」より)
西川伸司「さよならジュピター」
萩尾望都「お召し」
前田ヒロユキ「エスパイ」
ヤマザキマリ「行きずり」
山田雨月「あなろぐ・らう゛」
「さよならジュピター」イトウケイイチロウ
太陽系に襲い掛かるマイクロブラックホールを、木星を爆破しぶつけることで侵入軌道を変える宇宙を舞台にしたスペクタクル。1984年、東宝で映画化。
そのまま二人は、体の痛みも忘れたように、狂おしく情熱的に抱きあい、求めあった。――今は、強烈な紫色一色の光にみたされた制御室の中に、雑音にまじって、あのメロディが、執拗に流れつづけた。
バイバイ・ジュピター……大きな友だち…… 突然その雑音のむこうに、洞窟の底で反響するような、一種の「叫び」のようなものがひびいた。
「何だ、あれは?」はっとしたように英二は顔をあげた。「何かの……誰かの……声がきこえる……」
「いや!はなれないで!」とマリアはあえぎながらいった。「だめ、英二……」
「あれをきけ!マリア……」英二は叫んだ。「木星が……木星が、何かを話しかけている!」
「くだんのはは」イマムラセイヤ
戦後ホラーを代表するともいわれる作品。 終戦末期の芦屋の邸宅で繰り広げられる都市伝説的な物語。
ふと横に白いものが立った。見ると浴衣姿に茶羽織をはおったおばさんが、胸の所で袂を重ねあわせて、西宮の空を見上げていた。
「逃げませんか?」と僕は言った。「山手へ行った方が安全ですよ」
「いいえ、大丈夫」とおばさんは静かな声で答えた。「もう一回来て、それでおしまいです。ここは焼けません」
僕はその声をきくと、何だかうろたえた。おばさんは頭が変なのじゃないかと思ったからだ。だがおばさんの顔は能面の様に静かだった。ふち無し眼鏡の上には、赤い遠い炎がチラチラ映っていた。
「この空襲よりも、もっとひどい事になるわ」とおばさんは呟いた。 「とてもひどい……」
「どこが?」と僕はききかえした。
「西の方です」
「神戸ですか?」
「いいえ、もっと西……」
「日本アパッチ族」開田裕二
管理社会が進む中、食べ物のないスクラップだらけのゲットーに追いやられた人々が 鉄を食べるように進化し、ついには日本中を巻き込む大戦争を起こす小松左京初の長編。
「ほーれ、はよこい、はよこい」とだれかが、スクラップの陰に身をひそめながら言った。
「戦車はよこい。かぶったるぞ」
私は弓矢がないので、トマホークの一つをつかんで物陰に身をひそめた。私のすぐ前方を、四式戦車が、その猪首の砲塔をめぐらし、鎌首のような砲身を上下に振りながら、斜めに横切っていった。その十五トンもある鉄塊のつやつやしい横腹を眺めると、私自身も なま唾がわいてきた。歩兵はこんな演習なので気がなさそうに、ぶらぶら歩きながら、とき どき連射を食わしていた。よしんばアパッチがいたとて、彼らには武器もない、とたかをく くっているようだった。彼らはてんであたりに気をくばっていなかった。前衛はなに一つ見つけることなくのんびりとわれわれのひそむ地点を通りこしていった。中にはアパッチの 体をふみつけながら気のつかないやつもいた。彼らの扇形はしだいしだいにひろがっていった。私たちは彼らの背中が遠ざかっていくのを眺めていた。門のところには、ブルドーザ ーとカノン砲があるだけだった。一握りの歩兵と、一個小隊の武装警官が、門をかためてい た。--歩兵の最前線が、そろそろ後衛部隊とぶつかるころだと思ったとき、作戦本部のあ たりから一条の狼煙が中天に上がった。アパッチは突如としていっせいにそのかくれ場所からとびだした。
「湖畔の女」寒河江智果
SFと異なるアプローチで、女性をテーマに書き続けられた「女シリーズ」の一篇。 小松左京自身と生涯・学兄と仰いだ桂米朝師匠をモデルとしたキャラクターが登場。
ふとわれにかえったのは、ほの暗い部屋一ぱいに立ちこめる、馥郁とした 香りのためだった。--梅の花が、これほどにおうものだとは思っても見なかった。梅林 にたまさか足をはこぶ事があっても、そこが屋外のせいだったろう。梅が香とは、風には こばれてほのかに感じられる程度のものだとばかり思っていた。が、いま、十畳、二十畳 とひろやかな屋内の両側に、所せましとならべられ、咲きほこる梅の花の香りは、一息ごとに鼻腔にあふれ、むせかえるほどだった。その香りは艶冶といってよく、い つしか恍惚と魂が宙外にとんでいる。
「師匠……」 あまり息をのんで見つづけていたので、苦しくなって、やっと一息ついてふりかえると、 「いや、これは……」 文都さんも同じ思いだったらしく、ふうっ、と大息をもらして、「まったくみごと--と いうより豪勢なものだすな」
「保護鳥」とり・みき
ハッキリと姿を見ることができない謎の鳥を巡る恐怖を描いた小松左京の代表的ホラー短編。
眼をもう一度ひらくと、足の方向の壁に、写真入りの額がさがっているのが眼についた。夕暮れらしく、ひどく光線の状態が悪い上に、ひどい機械でとった素人写真らしく、雲やら山やら森やらわからない黒々としたものが画面の下半分を占め、そこから何か大きな、鳥らしい形のものがとび立とうとしているのだが、ぶれてもいるし、逆光でもあり、ディテイルなどまるでわからなかった。かろうじて、それが鳥らしいという事がわかったのは、下に英語とドイツ語とフランス語で、大きな文字がはいっていたからだった。
「嘆きのマリア」(小説「エスパイ」より)永野のりこ
善と悪、二つの陣営に分かれての超能力スパイ合戦。 007シリーズのSF版といった趣の作品。1974年、藤岡弘。さん、由美かおるさん、主演で映画化。
「おお……ヨシオ! --わたしたち、なんておそろしい目にあわなきゃならないの!
なんておそろしいことになって行くの! --わたし……わたし……こんなおそろしい能力を手にいれたって、ちっともうれしくないわ。かえって--自分がおそろしいわ。私たちいったいどうなるの……」
「そんなにつよくだきしめないでくれ!」 ぼくは、やけどのいたさに悲鳴をあげた。
「マリア……そんなに心配しなくてもいいと思うよ。いつかは、ぼくたち、このあたらしい超能力を、コントロールすることができるようになるだろう。そうしたら、ぼくたちは……」
「いや!」 マリアは、はげしく泣きじゃくった。
「たとえコントロールできるようになっても、こんなおそろしい力はたくさん! --この力は、私たちの手にあまるわ……こんなおそろしい力をコントロールできるようになったら……私たち、人間がかわるかもしれないわ……」
「エスパイ」前田ヒロユキ
同じ「エスパイ」をモチーフにしても永野先生とは全くイメージの異なる雰囲気で、まるで劇場版アニメのポスターのようです。
今度の事件の最初から、ぼくたちは、ぶきみな敵のテレポーテイションの能力につきまとわれていた。--まず東京からニューヨークへとぶ旅客機の中と、ニューヨークのP・Bのかくれ家で、ふいに爆弾が出現した。それからイスタンブールのホテルで、六階から落下した凶漢アブドウラが、突然空中で消えうせたことがあった。それに公園の地下の球型牢獄にぼくとシルヴァーナを送りこんだ。そして今日--人質にとらえられていたフランツが、突然広場の空中に出現して、落下してきた。誰かが--ジュリエッタよりもっと上にいる誰かが、自由にテレポーテイションの力をあやつっている。そしてそいつが--ただの一度も姿をあらわさないそいつこそが、本当の“敵”のボスなのだ。そいつは--あのスペイン空軍の、なんとか少佐の心をあやつっているとき、ほんの一瞬、ぼくにむかって、姿を見せた、名状しがたいほど邪悪なものなのだ。
「行きずり」ヤマザキマリ
漫画「テルマエ・ロマエ」と相通じるものがある、タイムスリップをテーマにしたSF人情噺。 ヤマザキ先生が江戸時代の人物を描くのは今回が初めて。一緒にいる猫は、小松左京の狂暴な愛猫チャオをイメージして描かれているとのこと。
いい人だな……。膝の力のぬけた、ぐにゃぐにゃの体を、その人の肩と背にあずけながら藤助は、ふと胸があつくなった。……地獄に仏ってこの事だ。あのまま、あそこでぬれた着物を着て、へたばりつづけていたら、きっと大病になっちまって……。
だが、ちょっと変った人だ……と、頭の別の隅にさっきかすむ眼で見たその人の姿を思いうかべながら、藤助はいぶかっていた。--どこの人だろう? 言葉はていねいだが、何だか聞きなれない訛りがあるみたいだ。風体から見ても、吉田村の住人とは思えない。 第一、服装がひどくかわっていた。
上に、被布か十徳のような、しかしそれよりずっと細身仕立ての、筒袖のほこりよけを羽織っている。--色は黄蘗色のあせたような無地で、藤助の頬にふれる生地の感触は、綿とも紬ともつかない、目のつまった織物だった。
酸っぱいような、妙な臭いがする。 裾からは、紺地の、これは太目のぱっちがのぞき、足もとは黒足袋だった。--その上、妙な形の、笠とも頭巾ともつかないものを頭にのせている。利休鼠の、やわらかい、らしゃのような生地を、縫わずに型押しにして、黒繻子らしい飾り帯をまいてある。 どんな商売の人だろう?--と、藤助は、ぼんやりした頭で、あれこれ推量しようとした。
<関連情報>
「小松左京アート展」のキービジュアルで使用された肖像の原画は上野の森美術館で開催中の「生賴範義展」で展示中。
*展示は終了しました。