世界の命運をも握るアメリカ合衆国大統領には“人間とも思えない陰惨な孤独の影”がつきまといます。
「日本沈没」におけるあまりに孤独な合衆国大統領の描写と、一色登希彦先生が見事にコミック化したシーンをご紹介します。
あらゆる「決断」をいっさいゆだねられるようなコンピューターが出現したら、どんなに楽だろう……と首相は思うことがあった。「政治家」などという職業を人間がやる必要性がなくなる時代が来たら、それは幸福な時代かもしれない、人間が機械のおかげで筋肉にたよってやる「重苦患労働」から解放されたように、「政治的責任」の、苦しい精神的負担からも、完全に解放されるような日が、本当にいつかは来るだろうか?
おそらくそんな時は来るまい……と首相は思った。
コンピューターと、膨大な頭の切れる官僚群は、逆にますます選択によって左右される事態の大きさを増大させ、ますます「決定(ディシジョン)」をくだす人間の負担を巨大にするのだ。--何度かの外遊で、各国首脳とも会ったことのある首相は、世界でもっとも進んだ情報システムを持ち、もっとも高度に組織化されたもっとも優秀なスタッフを持つアメリカ大統領のすばらしい微笑にかくされた、人間とも思えない陰惨な孤独の影を見てとって、かすかな戦慄を感じたことを思い出した。それはホワイトハウスの午餐会のあと、ちょっとくつろいで歓談している時で、大統領は、日本側の客に誰彼となく愛想よく談笑し、その合間に、ちょっと話のやりとりからはずれた時だった。首相は長身の特別補佐官と話しながら、ふと大統領のほうをふりかえった。その時大統領は、誰もいない空間にむかってほほえんでいた。首相はその顔を斜め横から見る格好になった。
--その時彼は、それを見たのだ。習慣的に笑みを浮かべた口もとと、笑っていない眼との間に浮かんでいる酷薄無残なあるもの……そしてその下から、袖丈のあわないワイシャツのカフスからのぞいている汚れた下着の袖のように、ちょっとはみ出していた眼をそむけたくなるような陰惨な孤独を……。職業的訓練によって、表情には出さなかったが、その瞬間首相は腹の底から冷えるような、個人的な、後ろめたいショックに全身を貫かれた。まるで大統領が毛だらけの臀をむき出して、便器にしゃがんでいるところを見たように、汚ならしい臓腑みたいなプライバシーに、うっかり踏みこんでしまった、ばつの悪さが、彼を狼狽させた。
その「醜怪な孤独」は、首相自身のものであり、彼は、同じような立場にあるものだけが見ることのできる特別の鏡でもって、自分の顔を見たような気がした。
ただ一人、客間にすわりながら、首相は、今、自分があの時のアメリカ大統領のような顔をしているのだろうと思った。--醜い押しひしがれた、魔法使いの老婆のような……。あの時は、日本の首相のほうが、アメリカの大統領よりはるかに気楽だ、と思った。その時アメリカは泥沼のような戦争をしており、大統領の「「決定(ディシジョン)」は、合衆国とその相手の国の、何万という生命を左右するものだったからだ。