2022年10月24日 角川ホラー文庫「厳選恐怖小説集 牛の首」が出版されます。
【はじめに】
半世紀以上前から語り継がれてきた伝説の怪談「牛の首」。90年代の都市伝説ブームをきっかけにネットメディアでも次第に注目を集め、近年では、この物語を考察する多数のコンテンツに加え、「牛の首」をモチーフしたにした劇場映画(「牛首村」・2022年2月)が製作されるほど、日本の代表的な都市伝説ホラーとなりました。
厳選恐怖小説集「牛の首」は、伝説の怪談が世に知られるきっかけとなった、1965年発表の「牛の首」をはじめ、都市伝説、人の心の闇が引き起こす悲劇、理解不能な異常現象、決して近づいてはいけない異界など、小松左京がSF、ミステリー、古典的怪談といった多彩な手法を駆使して描いた15のホラーからなる恐怖小説集です。
【作品概要】
小松左京は1962年にSF作家デビューし、本書『牛の首』が出版された今年、2022年はデビュー60周年にあたります。
『日本沈没』や『復活の日』などのSF作品で知られていますが、「くだんのはは」を筆頭にホラー作品も評価され、1993年には角川ホラー文庫より自選恐怖小説集『霧が晴れた時』が出版されています。ただし、この本に収録されなかった興味深いホラー作品が他にも数多く存在しており、中でも、本書の表題となった「牛の首」は、60年近くの時を経た今、小松左京の代表的ホラーとしての確固たる地位を築いています。
自選恐怖小説集『霧が晴れた時』(1993)から、ほぼ30年を経て、その姉妹編ともいえる厳選恐怖小説集『牛の首』が出版されることにより、小松左京の知られざるホラーの数々を手軽にお読みいただけることになりました。
【作品トピック】
・牛の首
「牛の首」は、今から、60年近く前の1965年、サンケイスポーツに掲載されたものです。筒井康隆先生のエッセイ「狂気の沙汰も金次第」によると、元々はSF作家の今日泊亜蘭先生が語られていた話ということで、同じ話を小松左京がショートショートに仕立て上げたのが本作のようです。
筒井康隆先生は非常に良く考えられた怪談ととらえており、一方の小松左京は小咄的なものととらえていました。人によって全く違うものに感じられる、まさに本質が掴み所のない「牛の首」らしい現象です(自選恐怖小説集『霧が晴れた時』に掲載されなかったのも、本人に怪談とゆう認識がなかったからかもしれません)。
ホラーとも、ブラックユーモアとも判別がつきにくい、知る人ぞ知る作品でしたが、90年代のホラーブーム、都市伝説ブームがきっかけとなり、最も恐ろしい怪談として、ネットなどを通じて次第に知名度を上げてゆきました。
牛をモチーフにした謎の物語「牛の首」と、戦後ホラーを代表する、これも牛をモチーフにした「くだんのはは」、現代の怪談・怪異譚を集めた「新耳袋」で紹介された阪神間の「うしおんな」の噂がオーバーラップした結果と推察されます。
そして、さらに掘り下げれば、呪いのテープを広めなければ死が訪れるという、90年代一斉を風靡した、貞子で有名な「リング」の影響も考えられます。
・夢からの脱走
収録作品中、二〇二二年現在において、最も恐ろしいと思える作品は「夢からの脱走」です。
ほぼ六十年も前の作品ですが、そのリアルな戦闘描写は、今現在、ウクライナで繰り広げられている戦いと瓜二つです。
自分の住む家が、務める会社が、理由も判然としないまま殺伐とした戦場になる。世界的な緊張がエスカレートするなか、この物語の中の戦場や今のウクライナにおける戦場が、この日本においては、決して現実になることはないと言い切れるでしょうか?
米ソ冷戦下に書かれた本作の世界が、核戦争の悪夢とともに、いままさに現実として広がりつつあるようです。
「おれは……」彼はおどろいたようにつぶやく。「おれは、ここを知ってる」
「そりゃ知ってるやつも大勢いるだろう。こんな大きな街だから……」
「そうじゃない」彼はまるで夢みるように手をのばして、窓ぎわに近づいた。「ここは--このビルは、俺のつとめてた会社だった」
「へえ--」誰かがつまらなそうな声を出す。「月給はよかったか?」
「ああ、そうなんだ。俺はちょうど--この部屋で事務をとってたんだ。ここの窓ぎわに俺の机があって……」
「かわりはてたるこの姿……か」誰かが毒々しい口調でいう。「昔のことをいくらいったって、はじまるかい!」
そうだ、昔のことだったんだな、あれは……彼は胸のむかつく思いにおそわれながら、窓ぎわに立ちつくしていた。
昔のこと?
明るく、活気にみちたオフィス、彼の席は西日がさしこむのが厄介だった。せわしなくなるタイプライターや計算機、人の出入り、禿頭で麻雀と居ねむりがやたらに好きな課長、オフィスガールたちのクスクス笑い……。彼はそのオフィスに毎日かよい、単調だが、活気にみちた日常をすごしてきた。
そのオフィスが、今ここで、あれはてたまっくらな仮司令部となり、窓ぎわの副課長の席にすわっていた彼が、同じ場所で、戦塵にまみれ、戦闘につかれはててたっている。
信じられないことだ!
彼は思わず眼をつぶって思いうかべようとした、--そのオフィスから、この司令部までの間に、いったいどんな時間の経過があったのか?
「夢からの脱走」より
・葎生の宿
高度経済成長期の日本では都市部に人口が集中し大いに賑わいましたが、その半面、過疎の村や廃村が増え、社会問題化していました。「葎生の宿」は、高度経済成長が終わりを迎えた一九七三年に「週刊小説」に発表された作品ですが、反映の影で捨てられ、忘れ去られた存在の、やりきれない悲しみにスポットが当てられています。
迷い込んだ新たなる主もまた、村の悲劇の原因となった都市に逃げ去ってしまう。「牡丹灯籠」や「吉備津の釜」といった怪談や筒井康隆先生の「鍵」のような現代ホラーでもお馴染みの恐怖の愛憎劇が、SFチックなショッキングなビジョンとともに繰り広げられます。
馬鹿馬鹿しいほどに現実離れしたクライマックスですが、リアルな描写の積み重ねにより、抵抗なく受け入れてしまいます。
【書籍情報】
■発売日:2022年10月24日(月)
■定価 :880円(本体800円+税)
■収録作品
ツウ・ペア 週刊小説(1973)
安置所の碁打ち 小説新潮(1971)
十一人 サンケイスポーツ(1964)
怨霊の国 小説宝石(1971)
飢えた宇宙 推理ストーリー(1968)
白い部屋 サンケイスポーツ(1965)
猫の首 別冊小説新潮(1969)
黒いクレジット・カード 月刊PocketパンチOh!(1971)
空飛ぶ窓 週刊小説(1974)
牛の首 サンケイスポーツ(1965)
ハイネックの女 オール讀物(1978)
夢からの脱走 小説現代(1965)
沼 サンケイスポーツ(1964)
葎生の宿 週刊小説(1973)
生きている穴 推理ストーリー(1966)
■解説
小松実盛
特典画像3点