今回は「小松左京の猫理想郷」の表紙を飾った、お紋のお話です。歴代小松猫はいずれもユニークでしたが、このお紋、なぜかコンニャクが大好きというこれまた変な猫でした。
どうやら食べるのが好きというより、あの食感というかさわり心地が好きなようで、隙あらば、買ってきたばかりのコンニャクを強奪し噛んだり、爪をたてようとしまた。
ある日のこと、小松左京の妻である克美が、晩のおかずに用意していたコンニャクがちょっと眼を離した隙に消えてしまいました。
匂いで、コンニャクがあることがばれないように、大きなボールに水をたっぷり張り、その底に沈め、さらに奪われないように分厚いまな板を蓋代わりにしていました。
さあ、料理に取りかかろうとすると、ボールの上のまな板がずれています。「あっ!」と思って台所の隅に眼をやると、そこには嬉しそうにコンニャクをしがむお紋の姿がありました。
コンニャクは歯や爪をたてられ、ズタボロ状態です。
その日の夕食。
「ねえ、あなた。猫が爪をたてたぐらいで、コンニャクを捨てるのはもったいないわよね」
「そりゃそうだ」
「よく煮たら、バイ菌も大丈夫よね」
「煮沸すれば、まったく問題ないよ。捨てたりすることはない」
「良かったわ。お味はいかが?」
「……」
小松左京のホラーには、ラストで登場人物が驚愕の真実を知り、我を失うシーンが、しばしば登場します。
お紋にズタボロにされたコンニャクを食べさせられた小松左京の心境は、そんな登場人物同様だったでしょう。ちょうどこんな感じに。
今度こそ、背中一面に氷のぶっかきをぶちまけられたような気分におそわれた。わずかにかしいでいた部屋の天井が、ぐうっとまわりながら大きくかたむきはじめ、こりゃあ、しばらく寝こむな、と、床に横ざまにたおれて行きながら、彼はぼんやり考えていた。
「逃ける」(角川文庫「霧が晴れた時」収録)より。