初代コマツ猫フクちゃんは、「復活の日」の主人公吉住のように遥かなる旅をし、愛のために命を縮めその短い一生を終えました。
小松左京の妻、克美は、フクちゃんの死のあまりの悲しみに泣きあかしました。
そんな気持ちも時とともに薄れはじめたある日のこと、アパートの裏庭から「ミャーオ」と弱々しい声がしました。
見ると、疲れた感じの幼い猫です。
克美が思わず「入る?」と声をかけると、「入る!」といった様子でアパートの部屋にあがってきました
続いて克美が「食べる?」と餌を出すと、ためらことなく無く平らげそのままなんとなくアパートに居つくことになりました。
ええと、第一回でもお話しましたが、このアパ―トはペット禁止です。
けれど克美は、新たな猫を飼うのに何の躊躇もなかったようです。
影のようにフラリと現れ、小松家にそのまま居ついた若い猫は、左京によってチーコと名付けられました。
さて、この名前ですが、どうもいわれがあるようです。
自身のジュブナイルに関するインタビューの途中で、こんな話をしています。
うちの子どもたちがまだ小さいころ、僕は徹夜明けで、しかも酒がちょっと入ってたんだね。何かお話ししてくれと言うから「舌切りすずめ」をしたんだけど、すずめが洗濯のりをなめて婆さんに追い出される。爺さんが探しに行くと、チー子ちゃんというそのすずめが「キャバレーすずめのお宿」でナンバーワンホステスになってて、「お爺さん、よくいらっしゃいました」と言う。すると女房がそばで聞いてて、「あんた、何て話をしてるの」って怒られてさ(笑)。
小松左京自伝より
猫のチーコの時代から何年も経った頃のエピソードですが、少し気になります。
猫を鳴き声で名づけるならミーちゃん、雀ならチュンちゃんというのが妥当なところではないでしょうか?なのに、どちらもチーコ。
チーコの名前の由来について「今思うと、若いメス猫だったから、バーとかスナックのオネエチャンのイメージで、チーコとつけたんじゃないの?」と克美は語っています。
(ちなみに、克美は左京のことを一度も「あんた」と呼んだことはなかったということです。本人のたっての希望により、この場を借りて訂正させていただきます)。
そのチーコですが、もともと野良猫で安住の地がなかったせいか、街から街へと渡ってゆく、幸薄い風情があったといいます。
さて、薄幸のチーコさん、少々難儀なお方でした。
尾篭な話で恐縮ですが、小松の家に来るまでの宿の定まらぬさすらい生活で、胃腸を悪くしていたのか、常にお腹を下していました。
克美は何度もトイレをしつけようと試みましたが、行儀作法が苦手なのか、チーコはなかなか言うことを覚えてくれず、常に玄関の三和土で粗相をしてしまっていたのです。
その度に、克美は水洗いをして掃除しましたが、度重なる粗相でいつしか玄関からその臭気が抜けなくなってしまいました。
当時の左京はまだ作家デビューの前で、父の傾いた工場を立て直そうと必死に働いていました。疲れきって帰る新婚の我が家の玄関が異臭を放つことに、ついに癇癪をおこします。
ライターのオイルを三和土にふりかけながら、炎の熱で消毒し、悪臭のもとも断ち切ると宣言しました。
克美は知り合った当初から、左京のことを本当に頭の良い人だと思っていたので、炎の熱で消毒と脱臭を一気に行うというその大胆な発想にも感心しました。
撒き終わったオイルに火をつけると紅蓮の炎が燃え上がり、あわや火事になる勢いです。気化したオイル、そして糞尿の焦げるに臭いにアパートの部屋まさしく阿鼻叫喚。
二人は座布団で必死に火を消し、何とか火災は避けられました。
克美はこの出来事で、初めて左京の知性に不信感をいだきました。
「本当にこの人は賢いのかしら……」
これは、左京にとっても忘れられない出来事だったでしょう。
仕事はうまく行かず、心身共に疲弊しきった状態での帰宅。
チーコの粗相による悪臭地獄から脱し、我が家での安らぎを得るため、知性を総動員しての熱消毒作戦。
しかし、悪臭は消えるどころか、熱せられたオイルと糞尿の臭いでより強烈な臭気となり、さらに舞い上がる炎は大事な新婚家庭を危険にさらし、愛する妻の眼差しが心に深く突き刺さる。
全てのものが足元から崩壊していくような、地獄の門が開いたかのような瞬間。
それはまるで、後に自らが描くコズミックホラー「ゴルディアスの結び目」の世界です。
ペット禁止のアパートで勝手に飼われた猫が粗相を繰り返し、その勝手に飼った飼い主の不手際で火事になりかかる。本当にアパートそのものが「ゴルディアスの結び目」のように収縮しながら消失してしまうところでした。
まったく大家さんは、立つ瀬がありません。
大変な目にあった左京ですが、けっして薄幸のチーコに当たることは無かったといいます。
けれど、どうもこの事件が尾を引いているのではないかと思われる描写が、後の作品にあります。
その作品は「日本沈没」。
深海潜水艇のパイロット小野寺俊夫は、日本が沈没していく実体を掴むため秘密裡に深海調査を行っていました。長期調査から帰宅すると、ヒッピー達がマンションに不法侵入して部屋を荒らし放大にし、反吐まではいていました。小野寺は若者たちを倒し、次のように言い放ちます。
「他人の部屋を借りるなら、もう少しきれいにしたらどうだ……」と小野寺は、へたばって息をついている若者たちにいった。「掃除しろ。--といっても、そうラリっていちゃ無理だな。だが、汚れものの始末ぐらいはしてもらうぞ」
左京が、言葉の通じないチーコに言いたかったのは、このセリフだったのではないでしょうか?
物語では、この後追い出され裸足で飛び出したヒッピー娘の一人が、靴をとりにおずおずと引き返してきます。土気色と化した幼い顔におびえた表情をうかべた娘を見た小野寺は、怒りにまかせてひどい目にあわせてしまったのかと、自分が情けなく感じました。けっして優しい言葉をかけまいと思っていた小野寺ですが、娘が出て行く時に、つい情けをかけます。
「やさぐれてんのか?」と彼はいった。--そして娘の返事を待たずに、ポケットの中から、そこにあるだけの金を出して、娘の手ににぎらせた。
「これで、たのしみな--」と小野寺はいった。「思いっきりたのしむんだ。--だが、あまり他人に迷惑をかけるなよ」
「日本沈没」 第三章 政府より
さて、火焔騒動が収まったと思ったら次なる騒動です。
実は、チーコは小松家に来た段階で妊娠していたのです。
ほどなくしてお腹が大きくなり、いよいよ出産です。けれど、そこはチーコさん、一筋縄では行きません。
左京はエッセーで以下のようなエピソードを紹介しています。
これでも猫は子供の時から飼っていて、ヒザの上で産みおとしたり、初産でびっくりして、シリから赤ん坊の頭を出したまま走りまわるバカ猫の子をとりあげてやったこともある。
「猫のお産」より
赤ん坊の頭を出したまま走りまわるバカ猫……。エッセーでは名前が出ていませんが、この猫は、今回の主人公二代目コマツ猫のチーコのことでした。
歴代コマツ猫の中で、”バカ猫”の称号を得たのは、たった二匹だけ。
ましてや、初代ですから、ある意味栄誉あることです。
出産途中に赤ん坊の頭を出したまま走り回る……人間だったら、これまた「ゴルディアスの結び目」のような恐ろしいシーンですが、どうにかこうにか二匹の可愛い子猫が誕生しました。
カッパちゃんと、チコちゃんです。
カッパちゃんは、頭のてっぺんにカッパの皿のような模様があるのでこの名がついたのですが、もう一匹は、母猫チーコとほぼ同じ名前のチコ。特徴がなかったので適当につけられたのでしょう。
チーコは幸薄く、そしてあらゆる意味で不器用な猫でした。そんな猫がはたして、子育て出来るのかと心配していたのですが、そこは猫といえども母は強し。
授乳から毛づくろいと、かいがいしく世話をして、二匹の子猫はすくすく育っていきました。
この間、例の粗相の方もすっかりなりをひそめたようでした。
チーコ親子の写真は、大切にアルバムに残されており、左京はキャプションまで書き込んでいます。
このまま親子三匹の穏やかな生活が続くのかと思われましたが、ある日、チーコは子猫二匹を残し出ていってしまいます。
「奥さんゴメンね、あたいやっぱ、ひとところいられない。このおうち居心地よかったけど、サヨナラさせてもらうね。子供たちのこと頼みます。こんなフラフラした親と一緒にいるより、幸せになれると思うから。エサ美味しかったよ。旦那さんにもよろしく。じゃあ」
てな、置手紙一つもなく(それはそうです、猫ですから)、来た時とおなじように、フラリといなくなりました。
さすらいの猫チーコは、安住の地と素敵な家族を得ました。けれど、小松家初代”バカ猫”の称号を残し、現れた時と同じようにフラリと去っていきました。
まるで小松左京の女シリーズのヒロインのように。
カッパちゃんとチコちゃんはその後、なんとか貰い手がきまり、二代目コマツ猫チーコの時代は幕を閉じます。
憂い顔のチーコ
(子供を残し、家を去ることを考えていたのでしょうか……)
追記
小松左京の没後、一周忌に開かれた会で、克美は、一人の女性に声をかけられます。
実は、カッパちゃんの貰い手の方で、実に半世紀ぶりの再会となりました。