小松左京が、異星人と人類の戦いをリアルに描いた「見知らぬ明日」は、1968年に「週刊文春」に連載されていたものです。

 当時の日本は、1970年開催の大阪万博を控え、日本は高度成長のまっただなか。アメリカの勢いも強く、ベトナム戦争を戦いながら、人類初の月着陸も目の前、さらに、冷戦時代でソビエトと対立し、世界の警察を自認し、膨大な核兵器を含む強力な軍備を誇っていました。

 一方、中国は文化大革命という一大混乱期であり、大きな犠牲を出していました。

 米ソ中、それぞれが鋭く対立し、核戦争による第三次世界大戦がリアルに語られていた時代です。

 そんな中、混乱する中国の奥地で勃発した得体のしれない非常事態。

 世界から全く孤立状態の文革時代の中国。厚いベールに阻まれ情報が届かない中で、冷戦構造の疑心暗鬼に囚われていた米ソ超大国をはじめ、日本を含む世界中の国々がこの異常事態に否応なしに飲み込まれてゆきます。

 これはSF作品ながら、1968年発表当時の現代を舞台としており、あらゆる事柄がリアルに進行してゆきます。

 

 本作では、人類存亡の危機においても己が利害に固執する世界の国々を、死に物狂いでまとめ、未知の敵に挑む、史上最強の超大国のリーダーであるラッセル合衆国大統領の姿を描いています。

 

 大統領は、この所ほとんど寝るひまがなかった。――国府の国連代表から、さらに外務省に、政府首脳部に、米国は決して国府をさしおいての政治的取り引きにはいっているわけではないこと、大陸中国との接触は、単に軍事的な情報交換を目標とするだけであって、それも打診段階にすぎないこと、しかし、アメリカは、「大国の責任上」、あらゆる努力をはらって、地球人類が「未知の勢力」に対処するための準備をおこなわなければならないこと、などをのべて弁明と説得にあたらねばならなかった。
電話、書翰、面談と、いやが上にも激務をかさね、日に日に憔悴して行く大統領の顔を見るにつけ、レストン秘書は、胸のふさがる思いを味わうのだった。
 (なぜ、大統領が、こんなに苦労しなければならないんだ?)
 レストン秘書は、執務室の椅子で仮睡する、げっそりとやつれた大統領の顔を見ながら、思わず――わかっていながらも思わず――つぶやかざるを得なかった。
 (なぜ、アメリカが、こんなに一人で苦労しなければならないんだ? ほうっておけばいいじゃないか! 赤い中国も、ソ連も、宇宙人にやられてしまえばいいんだ。アメリカは、自分の国と、友好諸国だけをまもってやれば……)
 若いアメリカ――若くて、世界一豊かで強力なアメリカが、かつて何度も自問した同じ問いが、若い秘書官の胸にまたうかんだ。
――なにがしかの善意にはじまって惨憺たる結果に終ったいくつかの戦争、まぎれもない理想主義が口火を切りながら、最後には、貪婪な力がすべてを奪い去り、当初の理想をだいなしにしてしまう……。「強さ」自体が、今やアメリカの根ぶかい疾病になってしまっているのだった。
 

<中略>

 
 「こんなことばかりやっていて、いいんでしょうか?」
 レストン秘書は、日ごろの辛抱づよい態度を忘れたように、やや上ずった声でいった。この異例の抜てきをうけてきた秀才が、いつもの沈着で、老成した印象の風貌がくずれ、その下から、年相応の青っぽさをむきだしにしていた。大統領秘書になってから、こんな事は一度もなかった。
 大統領は安保理の進捗状況の報告をうけながら、この度を失いかけている若い腹心から、眼をそらした。(おちつけ、坊や……)と大統領は心の中でつぶやいた。
 「レーン代表は、うまくやってくれるだろう……」と大統領は葉巻をとりだしながらいった。
 「現在の世界の――地球上の政治組織は、こういう問題に対処できるようになっていない。こういった状況を、これまで仮定することさえなかった。現在の人類の国際機構には、こういった問題に対処する方策が原理的に欠けているのだ。今は、辛抱づよく、慎重に事を進めなければならん。原則的諒解に達するまで――独走するわけには行かんのだ。動くにしても、やはり、地球上の大部分の勢力が支持してくれなければ……今は内部をかためる時期だ」
 「でも、そんな事をやっている間に、もし状勢が決定的に手おくれになったらどうなるでしょう?……」とレストン秘書は、大統領の前からさがりながら、口の中でつぶやくようにいった。「地上最強最大の戦闘力をもつ、合衆国は、場合によっては、単独でも……」
 「その事も考えないではない」大統領は、葉巻きを深か深かと吸いこんだ。「ウェブスターとグリーンバーグと……国防総省の中枢部は、あげてその問題にとりくんでいる。大丈夫とはいわないが――私たちはみんな最善をつくすよりしかたがないし、またそうしていると思う……」
 レストンが出ていったあと、大統領はもうもうと渦まく葉巻きの煙りを、ぼんやりとながめていた。――おそらく……。
 おそらく人類はむこうから手痛い一撃をうけるまで、一致協力もしなければ、立ち上りもしないだろう。現実というものは、常にそういう形をとるのだ。今はまだ、取り引きやかけひきの時期だ。あきれるほどこんがらがった、見方によっては愚劣きわまる……。だが、そのうち――突然大統領は、いい知れない不安におそわれて、思わず立ち上った。指を、おちつきなく、ひらいたりにぎりしめたりしながら、いらいらと部屋の中を歩きまわった。
 今度の相手は、われわれのよく知っている――したがって、どんな不意の、狡猾な攻撃も、強力な打撃も、その程度を大まかには見つもることのできる――「人類」ではないのだ。もし、先方が、決定的な攻撃をかけてきた場合、それがどの程度のものであり、どの程度持ちこたえられるか、という事は、まったく見当もつかない。
 とすると、レストンのいうように、「決定的に手おくれになる」事が、まったくないとはいえない。――ではいったいどう考えたらいいのか?――大統領は、二本目の葉巻きをつまみ上げようとして、思わずそれを折ってしまい、ついで掌の中でグシャグシャにもみつぶした。ラッセル大統領は、掌の中で一塊の茶色の塊りになってしまった、軽い、カサカサした葉をながめながら、腹の底でうめいた。
 
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 「見知らぬ明日」(KADOKAWA)

小松左京が描く超大国アメリカと合衆国大統領の真実とは?

 

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 小松左京の代表的短編「アメリカの壁」のモンロー大統領とは正反対の描かれかたですが、どちらの大統領の姿もリアルです。

 アメリカ合衆国大統領は、光と闇、どちらの姿をも取る可能性があるわけです。

ご興味あれば「アメリカの壁」も併せてお読みください。