小松左京作品と静岡③ 未完の遺作『虚無回廊』(1986年~)の主人公(の元)は、静岡出身だった!

電子書籍版『虚無回廊』(徳間書店)

 小松左京のライフワークであり、未完の遺作ともなった『虚無回廊』。
 自らの全てを人工実存(AE)であるHE2に託した、初代(?)主人公・遠藤秀夫は静岡出身でした。
 幼き頃に育んだであろう、その県民性が、虚無回廊と対峙する人工実存の行動パターンにどのような影響を与えるのか気になるところです…。

四十万方キロ……この数値が、どんなかすかな記憶と対応するのか……。
「あとは?」と私はかさねてきいた。
「ええ……まあ……」とフウは、なぜか、あまり自信なさそうにいった。「これは現在――“都市”の方の知見とも、つきあわせて、解析と検討をつづけているんですが、――まだあまり確定的な見解ではないんですが、この森は……あるパターンでみると、全体が、一個体の生命である可能性が、かなり大きいんです……」
「面積四十万方キロの? ……一個体生物……?」アスカがおどろきの声をあげた。
「そんなの、ありかよ?」
「“タリア65”の報告によると、べったりひろがってるわけじゃなさそうだ。あらっぽくいって、巾二百キロ、長さ二千キロで――現在まだわずかずつ拡大――というか、周辺へ成長中らしい。長軸方向への成長率は、短軸方向の十倍ぐらい……」
長軸対短軸が十対一ぐらい……ずいぶん細長い森林だな、と、私はぼんやり思った。
――それで……面積約四十万方キロ……。
ひっかかってきたメモリイが沈んでいたのは、私――HE2をつくり出したヒデオ・エンドウの、個人キャリア・ファイルの一番底の、「出生・親族・係累」の項だった。出生地、生年月日、両親の系譜……父・遠藤秀昭、母・安奈……国籍・日本……父親は国際的に名の通った地球物理学者で、三男秀夫は日本の静岡県生れ、六歳で両親とともにカナダヘわたった……。その項目から、派生的に「日本」「地球物理学」のキイワードが別のファイルヘつながっている……。
もし、AEに、生身の人間のように情動的生理反応が起るようになっていたら、私はきっと笑いの発作におそわれていたろう。――眼前にひろがる巨大な森林の面積と縦横比は、こんな古くさい埃をかぶった個人的メモリイ・ファイルの片隅で、「日本列島」のそれとひびきあっていたのだ。――日本列島の面積三十七万方キロ……、森林の面積はそれよりやや大きい……。
何のことだ! ――私はがっかりして、参照回路を閉じようとした。しかし、今度は、すでに死亡したHE1の「個人記憶」に付随するある種の情感を通じて、別のかすかなショックが、遠いこだまのようにもどってきた。
日本列島の面積よりやや大きい森林型生命――しかも、それが一個体だとしたら……。
「この森が、一つの生物個体かも知れない、という証拠は、何かあるのか? フウ……」と私はたずねた。「すくなくとも、今われわれは……この森の“住民”らしいものと応対しているが……」
「証拠といっても、いま、“タリア65”が高速であらっぽくしらべてきたデータを、つなぎあわせて解析しているところなんですが……」とフウは、ためらいがちにいった。「エネルギー・物質の輸送路のネットワークと、情報系のネットワークのパターンをつきあわせてみると……どうも、地球上の扁形動物に似ている、と、クリスがいうんですが……」
「扁形動物?」アスカがぎょっとしたようにききかえした。「あの水中や、落葉の下にいる、ちっぽけで気持ちの悪い、軟体動物か? ――プラナリアだのコウガイビルとかいった……」
「エネルギー・物質輸送系と情報通信系の、インフラストラクチュアのパターンだけをみて、クリスが、そういった地球生物の体制との類似を指摘しただけだがね。――それも、全域ではなく、一部を、ごくラフにリモート・センシングしただけだから、まだ結論が出せる段階じゃないんだが……」