東京が、半径約30kmの正体不明の雲に覆われ、日本は、外交、防衛、経済、メディアといった様々な機能の中核である首都を突如失ってしまう。

『首都消失』は、そんな危機的状況をリアルに描き、一局集中が進む日本の脆弱性に警鐘をならした作品です。

 

<ブロック新聞連載>

『首都消失』は、朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞、日経新聞などの全国紙と異なる、地方の広いエリアで展開される、ブロック紙の大手三社、中日新聞(中部地方)西日本新聞(九州地方)、北海道新聞(北海道)で、1983年12月1日から1984年12月31日、1年あまりに渡って連載された作品でした(中日新聞東京本社が発行している東京新聞でも掲載)。

ブロック紙の三社連合による連載ということもあり、一局集中が進んでいた東京のあり方に対する問題提起となっていました。物語のなかで、日本の首都であり、国家機能、経済、情報発信の要である東京が完全に外部と遮断されたらどうなるかというシミュレーションを行っています。

また、それぞれのエリアの読者を意識した仕掛けが多数みられます。

物語のスタートは名古屋駅、そしてクライマックスの大きな舞台は北海道。また、主要登場人物の一人が九州出身の新聞社の記者であり「デスク番が、鹿児ンまの男やったからな、こっちも薩摩弁でいうちゃった」といった、九州弁の台詞も所々で飛び出します。

 

名古屋駅がプロローグの舞台と書きましたが、ここで登場したのが松浦商店のとり御飯弁当。

当時の想い出を、小松左京は次のように話しています。

それから名古屋は「とり御飯弁当」がうまくて何度も書いたら、販売している松浦商店がものすごく喜んで表彰状みたいな礼状くれたけど、「あれがうまいのはわかったから、弁当の話はもうやめろ」って投書も来た(笑)。

『小松左京自伝』(日経新聞社刊より)

 

時は流れ、中身も価格も少し変わりましたが、今も名古屋を代表する駅弁として、人気が高いとのことです。

 

<シミュレーションとしての首都消失>

あるべきものが無くなる、あるいは一つのものが分断されてしまうと言う物語は、小松左京の作品に繰り返されるモチーフであり、日本が巨大なリング状物体で分断される『物体O』や日本列島が失われてしまう『日本沈没』、アメリカが世界から切り離される『アメリカの壁』などの作品に共通するものです。

 

 人口約2000万人を有する首都圏南部を、突然何の前触れもなく消してしまったら、あとはどうなるかを政治、外交、経済、防衛など、さまざまな分野を含めて書いたものです。残った地方は日本の国としてどう対応するかですね。それで一番最初に問題になるのが防衛体制で、首相も防衛庁長官もみんなダメになってしまう。残った地方の師団や駐屯部隊がどう動くか。とにかく防衛は24時間体制ですからね。そのほか、外交問題では各国の大使館もやられてしまうわけですから、本国からの問い合わせにどう対応するか。経済面では都市銀行や各企業の本社などか壊滅してしまうので、手形や小切手などの決済をどうするかですね。とにかく分野が広いので、調査や取材が大変でした。

    『首都消失』(徳間書店版)まえがき

 

また小松左京は、よど号ハイジャック事件、連合赤軍あさま山荘事件など数多くの大事件に係ってこられた危機管理の第一人者である佐々淳行さんにもアドバイスを受け、大いに物語に反映させました。

 

 あのころ東京の一極集中がこのまま進んだらどうなるかという話が出てたんだね。まず、突然東京が壊滅したらどうするか。僕もアイデアがなかったんだけど、一応水爆戦を想定して、佐々淳行さんに「そういう場合、日本の政治システムはどうなるでしょう」って訊いたら、彼はどこかに電話して、そしたら「全国知事会議でしょう」って。

『SF魂』(新潮社)

 

<幻の続編>

残念ながら構想だけで終わってしまいましたが、小松左京は『首都消失』の続編の準備を進めていました。対談でその一部を語っていますが、なかなか興味深いものです。

当時の創作メモが残っていないか、現在調査中です。

 

<1985年のベストセラー>

新聞連載を纏め、1985年に徳間書店より発刊された『首都消失』は、上下巻合わせて80万部に達し、その年の小説部門の売り上げ1位となり、第6回の日本SF大賞を受賞しました。

ロングセラーとして、現在もハルキ文庫で入手が可能です。首都消失 上

首都消失 下

 

『首都消失』(ハルキ文庫)

徳間書店の電子書籍版は生賴範義先生による迫力ある表紙で、小松左京ライブラリによる解説や特典画像も充実しています。

「首都消失」電子書籍

電子書籍版『首都消失』(徳間書店)

 

<劇場映画化>

『首都消失』は、1987年に『203高地』や劇場版『宇宙戦艦ヤマト』の舛田利雄監督とゴジラシリーズ、小松左京の『日本沈没』や『エスパイ』の中野昭慶特技監督によって映像化され、東宝系で劇場公開されました。

なお、『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』などで、アカデミー賞を受賞しているモーリス・ジャールが音楽を担当しています。

関西テレビが製作に参加しているため、関西テレビをモデルとした架空のテレビ局である『関西放送』の社員やスタッフが大勢活躍する脚本になっています(関西テレビの当時の社屋も撮影に使われています)。

迫力あるポスターは、『ゴルディアスの結び目』など、小松左京の数多くの作品の表紙絵を描き、劇場版の『復活の日』や『日本沈没』のポスターも手掛けていただいた、SFイラストの第一人者である生賴範義先生によるものです。