「果しなき流れの果に」は1965年にSFマガジンで連載され、翌年に単行本化された、宇宙と時間をテーマにした長編作品です。

その中で、軌道エレベーターに関する描写がありました。

リニアモーターやGシートなどの技術が紹介されています。軌道エレベーターは実現に向け、様々な研究開発が行われていますが、半世紀前に小松左京が空想した軌道エレベーターを、お楽しみください。

「果しなき流れの果に」より

卵型の乗物の中には、Gシート(耐加速度シート)が四つあった。巨大な塔の枠組みの中に、十数人のりらしい、もっと大きな乗物が三台ほど見えていた。彼はのりこむ時に、外殻にいくつもはめこまれた、金属の輪を見て、ちょっとなにかを思い出そうとした。

 ああ――なんだ、電磁エレベーターだな、と、彼は苦笑した。――珍しくもない。こんなものに気をとられるとは、まだ記憶喪失が部分的にのこっているのかな。

 首をいたくするほど、ふりあおぐと、鉄塔は、五百メートルぐらいの高さから、急に色がかわり、その先は、はるかに高く、熱帯の、めくるめくばかりに輝く、まっさおな虚空の中にとけこんでいた。その時になって、彼は肌ざむさと、うすい酸素に気がついて、ブルッとふるえた。――また少し記憶がもどってきた。ここはスマトラの、文字通り赤道直下、バリサン山脈高峰のケリンチ山頂だ。三六九〇メートルの高度で、LSD銘酊からさめれば、風邪をひきそうになるのも無理はない。

「さあ、どうぞ……」と白衣の男は、乗物の中からまねいた。「君は、外部の人間で、当研究所の、中枢部にはいるはじめての人間だが――別に遠慮することはない」

 彼は、腹をきめてのりこんだ。――セラミック・コーティングをほどこされた気密ドアがバタンとしまった。Gシートは、まるで、雲のように、ふんわりと彼をうけとめた。「定点衛星行き電車は、はじめてかね?」と白衣の男は、ニヤリと笑った。「三万キロのエレベーターは、そういくつもないからね」

「それも、研究所私有というのは、はじめてだ」と彼は、Gシートにうずもれながら、つぶやいた。「ヒマラヤで、ロシアの電車にのった。――もっとも、あちらのは、大量輸送用で、お粗末だったが……」

「ああ、あれならぼくも知っている。“エヴェレスト特急”というやつだな」男は、気圧計や温度調節器などを、一通り点検しながらいった。「だが、あいつは、高度八千五百までは、ランチャー軌道を走る文字通り、電車タイプだろう? 加速も、高度二十キロまではたしかに古くさい、ロケット・ブースターでやっているはずだ」

「あれは、緯度がだいぶ北だからな」と彼は眼をつぶっていった。「アンデスに、新大陸同盟がこしらえた、コトパクシ・エレベーターも、初期加速はロケットをつかってたよ」

「これは、全部電磁誘導加速だ。高度五万メートルまでは、補助の線型電動機[リニア・モーター]が四基つく。――さて、いいかね?」

 ブーンと蜂[のうなりのような音が、球型の殻[シェル]の中をみたした。レモンイエローの発進燈が明滅しはじめ、それが突然、眼もくらむようなグリーンにかわると、体がぐっとGシートの中にめりこんだ。とたんに、Gシートはぐるりとまわって、二人は上昇方向にむかって、水平になった。正面天井の両脇に、小さな窓があり、その楕円型の視野を、鉄骨が、なめらかによこぎりはじめた。

「窓は見ない方がいいぞ」と、男は隣りのシートの中からくぐもった声でいった。「吐くやつもいるからな」

 たちまち窓の外は、一面に流れる、灰色の明暗に変った。――各種の加速度計は、なめらかにのぼりつづけ、2Gのところにくると、ふるえながらとまった。外では、ごうごうひゅうひゅうと、ものすごく風が鳴りわめきはじめた。――動かぬGメーターの針に代って、バン・アレン帯突入をしめす、放射線量計の針が不気味にはねあがりはじめた。

 加速が十八分ほどつづくと、急にGシートが背後でぐにゃりととけた。体がフワッとうき上ったようだった。そのまま等速運動して、しばらくすると、またシートがぐるりとまわり、今まで床だった所が、正面に来た。シートにとりつけられた加速度計の針は、逆方向にふれて、マイナス2Gをさしていた。秒速はざっと二十四キロ、減速がはじまる時、彼は窓外の暗黒の空間に、細い蜘蛛の糸のような感じのする金属線であみあげられた“軌道”を見た。

 東経百度、赤道のほとんど真上、三万六千キロメートルあまりの宇宙空間にうかぶ、研究所直属の定点衛星は、標準ドーナッツ型で、外径約二百メートル、かなりの急速度で回転していた。中心部の、“軸[シャフト]”とよばれる、直径五メートルほどの、動かない部分に、地球側からは、エレベーターの絶縁金属網製の管が、上方には、フェリー・ロケット用のコーン型の入口がついている。――動かない軸の部分から、“輪[ホイール]”とか、“タイヤ”とかの俗称でよばれる、ドーナッツ型の居住区にスポークにあたる通路を通って行くためには、わざわざ軸室の外周にそって回転する、中継用の檻[ケージ]にはいって、回転しているスポークと、同期させなければならないのが、彼にはちょっと珍しかった。――なるほど、軸も一緒に回転させてしまうと、エレベーター管がねじれるからだな、と彼は思った。――ヒマラヤ衛星よりも、うまいしかけだ。