画面にはマイクを前にした大統領がうつった。
「三日前の、メモリアル・ホールでの演説だ……」豊田はベッドの上にひっくりかえった.「聞いたかい?……まあもう一度聞けよ」

――この異常な事態が起ってから、すでに二カ月たった……。“外部世界”との連絡は依然としてとれていない……。
――しかしこの奇妙で不幸な“孤立状態”に対してわれわれは挫けたり、感情的になってはならない……。
――“外の世界”との連絡、交流途絶によって、アメリカのうけた経済的、社会的損失は大きなものがある。だが、アメリカは、急速にこの損害を克服しつつあり、同時に、この異様な“隔絶状態”に対処しつつある……。
――われわれは、“外”の世界と人類同胞とから孤立した。この孤立状態はいつまでつづくか、誰にもわからない。しかし、アメリカには、充分広大な国土があり、まだ未発見のゆたかな資源がある。つい三カ月前にもフロリダ沖で、中東油田に匹敵する大油田が発見された……。
――ほかの世界から孤立させられても、アメリカはなお、アメリカだけで未来をきりひらいて行ける力を持っている……。アメリカは生きのびる……。アメリカには未来がある。……そして、アメリカの前には、まだ宇宙ものこされているのだ……。
「大統領は、何だかいやにはりきってると思わないか?」と豊田は煙草に火をつけながら言った。「何だかこの事件を、喜んでいるみたいだ……」

「アメリカの壁」より

アメリカの壁・画像

文春文庫「アメリカの壁」(電子書籍・短編集)

「アメリカの壁」書影

アメリカの壁 小松左京 e-books セレクション (電子書籍・単独版)

「アメリカの壁」電子書籍解説

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文春文庫「アメリカの壁」

文春文庫「アメリカの壁」35年ぶりに復刊(2017年12月5日予定)

「アメリカの壁」は、超大国アメリカが、白い霧の壁に完全に覆われ、外部との接触が一切不可能になる話です。

アメリカを世界から完全に遮断させる状況を創り上げることで、国際政治、世界経済、軍事的バランスにおいて欠くことの出来ないアメリカ合衆国の真の存在価値と、そこにある闇を描いた小松左京の代表的な短編小説です。

 

<背景>

「アメリカの壁」が発表されたのは、1977年のSFマガジン誌上。

戦後長く続いた米ソの冷戦構造、そして、泥沼化したベトナム戦争を経て、アメリカという若く、力に溢れた超大国が疲弊し、その自信を失いつつあった時代です。

この後の1981年、「強いアメリカ」を掲げ、誕生したレーガン政権は、ある意味、この自信喪失したアメリカに対する反動により生まれたとも言えます。

 <他の作品との関連>

「人類にとってアメリカとは何か?」というテーマを、謎の霧の壁の発生により、アメリカと世界のつながりが一切断たれるといった手法で描いた「アメリカの壁」。

小松左京の作品でいえば、『果しなき流れの果に』(1965年)や『虚無回廊』(1984年連載開始、未完)といった宇宙や時間をテーマにした作品群とは異なる、現実の世界に起きた異常事態をリアルに描いた、シミュレーション的な作品群の一つです。

代表作である『日本沈没』(1973年)、世界中から殆ど全ての人が消えてしまう『こちらニッポン…』(1977年)、人類が謎の異星物に侵略される『見知らぬ明日』(1968年)などが、このシミュレーション作品群に含まれますが、中でも「アメリカの壁」と関係が深いのが、『日本沈没』、「物体O」(1964年)、そして『首都消失』です。

この三作の共通点は、ある地域が無くなることで、その地域の存在意味を確認するという点にあります。

 

『日本沈没』は日本だけが沈んでいく、世界からもうどうしようもなく消えていくって話なんだけど、世界最大最強のアメリカを消そうにも沈没させられないから、「壁」にしたんだね。それを今度はまたひっくり返して『首都消失』をやると。つまり消し合いなんだな。だから、大金の入った財布を落としたらって考えてごらんよ。あのときの狼狽っていうのをものすごい大げさな話に拡大するのがSFの一種の手法としての、やはり権利だろうと思ってね。

『小松左京自伝』より

 

『首都消失』の直接的な原型ともいえる、短編「物体O」では、直径1,000キロの巨大なリング状の物質が西日本を覆いますが、それには霧状のイメージはありません。

「アメリカの壁」に登場する霧の壁のイメージと、『首都消失』の東京を覆う巨大な雲のイメージは、小松左京が戦時中に見た、空襲で焼かれた街が吐き出す煙から来ています。

 そう、それと雲のイメージってのが昔からあるんですよ。戦争も終盤のころ、ボクは中学生で、神戸の川崎造船所に動員されていたんだけど、大阪は空襲にやられていてね。朝、電車に乗って造船所に行くんだけど、昼間、空襲があると、帰りの線路がやられちゃってるから、25キロぐらいの距離を歩いて帰らなくちゃならない。その上あちこちがまだ燃えているから、煙が雲みたいになって大阪の上空をおおっている。自分の家も燃えてるかもしれないという恐怖感もあるしね。

毎日新聞インタビューより

 

『日本沈没』を始め、「アメリカの壁」、『首都消失』といった作品には、欠けがえのないものが突如失われてしまうという、小松左京の太平洋戦争末期の悲惨な消失体験が根底に流れています。

全ての大人たちが消えた世界で、残された子供が精一杯生きようとする、初期の代表的短編である「お召し」は、空襲を避けるため、親元から離され慣れない田舎暮らしをせざるを得なかった戦争末期の悲劇が根底にあります。

 

<現在における意義>

アメリカ合衆国は、あまりにも豊かで、強い力を持つため、その動向は世界人類全体に大きな影響を与えます。

米ソ冷戦時代は、二つの超大国の力が均衡するが故に、世界を滅ぼす核戦争に突入できない、パクス・ルッソ=アメリカーナを形成し、歪んだ形でありながらも、大戦争のない平和な時代を形成していました。

しかし、911以降、世界を襲う未曾有のテロリズムの嵐、そして、新たな超大国としての中国の台頭など、アメリカはかつてないほど困難なかじ取りを余儀なくされています。

アメリカ合衆国という巨大な存在は、経済、軍事、外交、文化、様々な方面で全世界と結びついており、中でも日本は、その関係性がもっとも深い国の一つです。

力強き、良き隣人であるとともに、世界を滅ぼすほどの闇を抱えたアメリカ。

本作「アメリカの壁」は、混沌としつつある現代において、世界の命運を今なお握り続ける超大国アメリカ合衆国の本質を理解する上で、有効なツールといえます。

 文春文庫「アメリカの壁」文春文庫「アメリカの壁」、35年ぶりに復刊(2017年12月5日発売予定)

 アメリカの壁・画像文春文庫「アメリカの壁」(電子書籍版・短編集)

*「アメリカの壁」「眠りと旅と夢」鳩啼時計」「幽霊屋敷」「おれの死体を探せ」「ハイネックの女」を収録。

「アメリカの壁」書影

アメリカの壁 小松左京 e-books セレクション (電子書籍・単独版)