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スライド3さよならジュピター 加藤先生表紙
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《1976年「さよならジュピター」前史》

「さよならジュピター」は、1976年に小松左京オリジナルのSF立体アニメーションとして東京ムービー新社が企画していたもので、メカデザインはスタジオぬえ、男性キャラクターはモンキー・パンチ先生、そして女性キャラを萩尾望都先生にお願いする予定でした。

この時の経緯は、小松左京の短編集「三本腕の男」(角川文庫)の解説において、モンキー・パンチ先生が詳しく紹介しています。

アニメ版の「さよならジュピター」は実現せず、立体アニメ企画は日本テレビの開局二十五周年番組「家なき子」として、一九七七年十月から放送されることになりました。

 

*『三本腕の男』解説について

1980年に発行された角川文庫版『三本腕の男』では、モンキー・パンチ先生に解説をしていただいていますが、その中で、「さよならジュピター」の原型となった、立体アニメに関してのエピソードを紹介していただきました。

この解説を書かれていた時点で、モンキー・パンチ先生は、実現化しなかったアニメ作品が、新たに実写化企画となっていることはご存知なかったようです。

解説では、「時間エージェント」と「ルパン三世」劇場版第1作との意外な関係についてもお話されています。

電子書籍版『三本腕の男』に、この解説は再録されています。

三本腕の男

 

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《1977年「さよならジュピター」ブレスト》

「スターウォーズ」が公開された1977年。

東宝の田中友幸プロデューサーから、当て馬になるような作品の執筆を依頼された小松左京は、「スターウォーズ」の二番煎じでなく、納得のいくSF映画を作りましょうと逆提案し、豊田有恒先生、田中光二先生、山田正紀先生、伊藤典夫先生、高齋正先生、川又千秋先生、鏡明先生、横田順彌先生、井口健二先生、高千穂遙先生らを集めて、十数回のブレインストーミングを行いました。

もまったくのゼロベースで臨んだわけではない。以前、アニメの原作を頼まれた時に考えて、実現しなかったアイデアがあった。それは「木星太陽化計画」という、実際に学者が提唱していたプランだ。これを使って、『さよならジュピター』というタイトルで物語を作れないか……。その頃ちょうど、ボイジャーから木星についての新しい情報や映像がもたらされていたから、木星なら面白くなるという思いがあった

SF魂(新潮社)より

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《1980年「さよならジュピター」連載開始》

脚本の改訂作業と並行し、初稿をノベライズする形で、週刊サンケイで小説版の「さよならジュピター」の連載が開始。

連載は延べ1年半に渡り、「日本沈没」を凌ぐ小松左京にとって当時もっとも長い作品となりました。

挿絵は、スタジオぬえの加藤直之先生です。

 

さよならジュピター HP案(2015年10月25日)

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《1981年 プレプロダクション》

映画の製作を本格化させるために、株式会社イオを設立。

小松左京研究会の方々とともに、シナリオ改訂や絵コンテ作りが行われました。

絵コンテを描く小松左京

 

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さよならジュピター(TOKYOⅢ)

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 電子書籍「さよならジュピター」発売中です。

ここで紹介できなかったハリウッド映画化計画エピソードや、高精細のイラスト、メカデザインなど特典画像も充実です。