平成最後の終戦記念日を迎えました。

小松左京は、戦時中、軍国主義のスパルタ教育の旧制中学で日々ビンタの洗礼を受け、食べ盛りなのに食糧の配給もままならず、神戸空襲では自宅に焼夷弾が落ちるなど、辛い日々を過ごしており、一億総玉砕をうたう本土決戦も現実になりつつありました。

そんな経験から、小松左京は、様々な作品を通じて、戦争に伴う、狂気や悲劇が繰り返さぬよう訴え続けました。

「やぶれかぶれ青春記」では、予科練入隊や特攻に志願せざるを得ないように追い込むーー戦争末期の狂気を書き残しています。

お読みいただければ幸いです。

 

 

 

/「予科練」になれば、シゴキは中学校以上に猛烈なうえ、死ぬ確率は圧倒的に大きくなる。そのうえ、せめて「士官」で死ねば、まだカッコいいし、給料待遇も下士官よりよく、死後にもらえる年金もちがう。――そういった微妙な計算もはたらいて、歌をつくり、映画をつくってカッコよさを宣伝したにもかかわらず、当初はなかなか応募者が集まらなかったらしい。業を煮やしたのか、それとも「呼び水」のつもりもあったのか、公式には「募集」だったが、そのかげで、各地の中学校に生徒の中からある最低数を予科練の試験をうけさせるように強引に「勧誘」し、のちには「強制割り当て」してきたらしい。
/私たちの中学校へも、最初この「勧誘」がきたという。――これらのことは、すべてずっとあとになって知ったことである。――しかし、県下のエリート中学だった私たちの中学校の校長は、「わが校は、陸士、海兵、帝大への進学者が圧倒的に多く、国家の“士官級”の若者を養成すべく、よりぬかれた優秀な少年たちを集めている。彼らに消耗品としてのコースをえらばせるわけに行かぬ」といった意味のことをいって、最初はつっぱねたらしい。だが、そのために軍方面と、中学校との関係がまずくなり、むこうは強硬に「強制割り当て」してきて、否応なしに、生徒の中から、何人かの「予科練志願者」を出さざるを得ないような事態になってしまった。県下のナンバーワンの中学校から、「志願者」を出すことは、軍関係のメンツにかけても、またナンバーワンばかり「優遇」しているのではないということを他校に示すためにもぜひ必要だったらしい。
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「強制割り当て」といっても、決してこれを表向きやるわけにはいかない。戦時中でも、やはり法治国だから、法律できめられた「徴兵制」以外に、表だって強制的に、人間をひっぱることはできないのだ。まして、まだ親の手もとで「被保護者」の位置にある未成年である。どうしても本人が自発的に「志願」する形をとらなければならない。

 /これはまったく奇妙なことだが、例の爆弾かかえて片道ガソリンでつっこんで行く「特攻隊」の場合でも、決して表向きは、強制的に「お前行け」と名ざしで命令するわけではない。軍隊であっても「お前、死ね」とは、公式に命令するわけにはゆかないのである。これもあくまで「自発的志願」の形をとる。むろん、前日にあらかじめ、隊長の内意をうけた分隊長などから、その順番にあたるものは内々にいいふくめられてあるのだが、特攻志願者をきめる当日は、隊長どのが「誰か志願するものはおらんか?」とたずね、あらかじめいいふくめられていた何人かが「私がまいります」と自発的に進み出る形をとる。こういった奇妙な「しくまれた芝居」が、戦争中はいくらもあったのだ。

「やぶれかぶれ青春記」より

 

 

 

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