「体育の日」ということで、小松左京が1964年、東京オリンピックの年に発表した、スポーツSFショートショー「超人の秘密」をご紹介します.

*2018年10月15日までの公開です。

公開は終了しました。

 

超人の秘密

新興国がふえてきて、国連とオリンピックはますますにぎやかになった。――植民地支配を脱して独立した国々は、小さいながらも元気いっぱい、大国の豪華な大選手団とならんで、堂々と胸をはって、参加してくるのだった。

その年――第××回オリンピックにも、またあたらしい国が、いくつか初参加した。参加国は、とうのむかしに百カ国をこえていた。あたらしい国の名は、おぼえにくいのが多かったので、みんなあまり注意をはらわなかった。――ただ、国旗をあげる係りのものだけが、上下をまちがえないようにと、ノイローゼになっただけだった。

初参加の国の中で、選手一人、つきそい一人というチームがあった。――色の黒い、背の高い青年が一人で国旗をもち、ひどくふうがわりな老人がプラカードをもったその小さなチームは、入場式の時、万雷の拍手をうけた。――選手たった一人でも参加するという、その意気ごみが多分に同情まじりに賞讃されたのである。

ところが――。

いざ大会がはじまってみると、世界に名も知られない、そのたった一人の選手は、その年の全オリンピック大会をひっくりかえしてしまった。その黒い青年はまさしく、文字どおりの「超人」だった。たとえば陸上に出場すると、一〇〇メートルに七秒九という、ほとんど考えられない記録で金メダルをとった。陸上十種では、競技の一つ一つ、つまり百、四百、百十障害、千五百、棒高、走高、走幅、円盤、ヤリ、砲丸のすべてが、世界新記録という、おどろくべき成績だった。マラソンに出場すると、世界ではじめて二時間をきるという大記録だった。――その上、彼は水泳に番外出場を申しこみ、百、四百、千五百各自由形に、かるく世界新記録を出してしまった。

さあ、オリンピック関係者をはじめ、金にあかしてトレーニングにはげみ、大選手団をおくりこんだ大国は顔色をかえた。陸上水上各種目の専門競技者も、とてもやぶれそうもない新記録を出されてしまったので、気がぬけたみたいだった。――各国の報道陣、スポーツ関係者、コーチは、この「黒い超人」に殺到した。どんな練習法をとったのかと、しつこくきかれたが、あの風がわりなコーチらしい老人と、無名の超人選手は笑ってこたえるばかりだった。

「それはドクターと私の秘密です」  

そのうち、だれかが、あれは単なる体力だけでなく、一種の「魔法」をつかっているらしいといい出した。――というのは、この超人は、競技に出場する前、ドクターとよばれる老コーチといっしょに必ず天をあおいで、大きな声で、

「パペテ、ウペテ、なンとかかンとか……」  

という、一種のまじないのような文句をとなえるからである。

「あれはきっと、あの国の魔神か、スポーツの神のたすけをよんでいるんだ」

「そうだ、あのドクターという老人は、ウィッチドクター(魔法使いの医者――未開国では、まじない師が医者をかねる)にちがいない」  

そんなうわさがパッとひろがったが、別に証拠はなし、またオリンピックに、魔法をつかってはいけないという規則がなかったので、どうにもならなかった。――こうしてその年の金メダルは、独立したばかりの小さな国に、それも一人の選手によって、ゴッソリもって行かれてしまった。  

つぎの四年間、各国では、「科学的訓練法の限界」ということが真剣に研究された。――単に科学的訓練法だけではもうだめなのではないか。「黒い超人」は、未開の国にいまだ伝統としてのこっている超自然の魔法の力をかりて、あの大記録をたてたらしい。とすれば、あの記録をやぶるのは、別の魔法をつかうよりしかたがないのではないか?――人間の精神力が、おそるべき奇蹟の力を発することがある。催眠術をかけられた人間は、ふだんはとても持てないような重いものでももてる。火事の時、中風の人が立って走ることがある。ヨガの訓練をすると、針をさしてもいたくないし、火の上を歩いてもヤケドしない。  

かくて、次の四年間、各国のスポーツ界は、真剣になって、古い魔法をほり出し、スポーツの訓練につかうことを考えた。もちろん魔法だから各国は、おたがい秘密のうちにやった。――カビのはえた、古い魔法が、かたっぱしからひっぱり出された。インドのヨガ、仏教の密教、日本の忍術、アラビアの魔法、中世ヨーロッパの錬金術、メキシコインディアンの媚薬(びやく)(?)、ノストラダムスの呪術、エスキモーやピグミーの魔法までがほじくり出され、それとスポーツ訓練をむすびつけることにヤッキとなった。  

各国がかくしているので、はっきりしないが、多少の効果はあったといわれた。だが一説によると、魔法にこりすぎて、コーチの頭がヘンになったのだともいわれた。  

次のオリンピック大会は、大変なありさまだった。各国の選手は、出場前に、めいめい思いをこめて、魔法の祈りをささげた。――回教国の選手はアラーの名をさけび、中東の選手は、魔神アーリマンの名をよんだ。中国の選手は「天の狼(おおかみ)よ、雷神よ」とさけび、ヨーロッパの選手は「ベールよ、アスタローテよ、ビヒモスよ」とよびかけ、日本の選手は印をむすんで、「ノーマクマーサンダー、バーサラダ……」ととなえた。  

トラックや、フィールドや、プールサイドは、選手たちの呪文や、もうもうとたちこめる、護摩(ごま)や、魔法の火の煙にとざされた。

「なんというありさまですか?」  

今年は選手でなく単なるオブザーバーとして来ていた「黒い超人」はあきれたように叫んだ。

でも、これはあなたがはやらせたんですよ」とつきそいのスポーツ関係者はいった。「あなたは、まじないをとなえて大記録を出したでしょう?」

「まじないですって? なんて非科学的なことを!」超人は笑い出した。「あの文句は、私たちの国の言葉で、“才能と、闘志と、たゆまぬ科学的訓練こそが勝利のもと”という意味です。――コーチと私との合言葉ですよ」

初出 「サンケイスポーツ」(1964年10月12日)