『継ぐのは誰か?』は、1968年「SFマガジン」に連載された作品です。

半世紀前の作品ですが、ネット―ワーク社会、携帯電話、電子書籍、クラウド、なんでも答えてくれるSiriのような存在など、つい最近書かれたのかと錯覚を起こすほどです。

冒頭の一部をご紹介します。

 ぼくの子供の時には、まだ「書類」というものがあった。――だが、ぼくが中学にあがるころは、「本」というものさえ、ある程度消滅しかけていた。きわめて念入りな造本で立体印刷の、それ自体が骨董的価値をもつような美しい書物以外、新しい出版物はほとんど電子図書館から、ヴィジフォーンについているコピー機にとって読む習慣が普及しかけていた。よんで、それだけのものなら、コピーをすててしまう。よほどのものなら手もとにおくが、大ていの場合そうする――そうしないと、すさまじい情報の氾濫で、たちまちどんなスペースも、コピー類でいっぱいになる。コピーは、必要な期間だけ手もとにおけば、どんどんすてる。また必要になったら、また図書館からとればいい。メモとコピーが、書類と書物の姿を、ほとんど駆逐しかけていた。音声タイプの普及が、それに一層拍車をかけた。――タイプ自体も、オフィスにそなえつけのものをのぞいて、別にもち歩かなくても、携帯電話で、情報サービス公社に申しこめば、そちらですぐ、もよりの公衆ヴィジフォーンにコピーをおくってきてくれる。公式書類なども、いったん原稿が書き上げられ、推敲がすみ、関係者がすべて眼を通したあと、すぐ電子脳の記憶装置におくりこまれる。――よほどの機密は、各機構専属の電子脳の記憶装置に記録されるが、そうでない場合、通信装置で、全世界、それに月までネットされている電子情報処理機構のどこでも記憶装置のあいている所に書きこまれる。その書きこまれている記録装置のおかれている場所がシベリアであって、ふいにとり出したい場所がリオデジャネイロであっても、そんなことは関係ない。秒速三十万キロの電波でもって、ネットワークサービス用の電子脳がたちまちそのある場所をさがし出し、たちまちおくりとどけてくれるのだから……官公庁の公式書類も、一度電子脳にいれてしまえば、よぼどのことがない場合は、原本を保存しないのが普通だった。――保存するぐらいなら、なにもわざわざ、電子脳に記憶させることはない。書類は、失ったり、盗まれたり、ある場所がわからなくなったりする上に、たまりはじめると大変のスペースを食う。厖大な書類の索引とレジュメすら、電子脳はおぼえていてくれたし、それをみたいとなれば、すぐに吐き出してくれた。
音声機構と視聴覚機構をそなえるようになってから、電子脳は、完全に秘書としての性格をそなえるようになってきた。――ある程度以上の期間つきあえば、こちらのくせまでおぼえてくれるようなことも、ごくあたりまえになったし、書類の性格をまったくど忘れした時は、電子脳が一問一答しながら、これですか?――これですか?――と見本を示しながらこちらの記憶を次第に誘導してくれるようになった。機密保持の場合も、特別のコードを手もとにひかえて、そのコードを口頭その他の方法で、おくりこまれないとひき出せないようにできたし、
「これは機密だ」
としゃべっただけで、電子脳がその声紋をおぼえていて、機密あつかいにしてくれた。――本人以外ひき出せない、という不便さは、万が一の場合を考えて、その書類の性格[、、]をいっしょに記憶させておけば、本人以外の誰と誰なら情報をわたしていい、という「判断」は、ある程度まで電子脳がやる――そんな所まできていた。
むろん、七十億余の人類のうち、いやしくも戸籍に記載された人間なら、ほとんどの経歴が、電子脳ネットワークの中に記録されていた。――そして、今のべたような、電子脳ネット自体にくみこまれた、原則的判断基準によって、プライバシイは完全にまもられるようになっていたのである。
ぼくらの時代は、ちょうどこういう状況にあった。――世界中の電子脳のネットワークによる保護によって、故障その他による事故発生率は、技術的に可能な最低限ちかくまでひきさげられていた。電子脳は、記憶の代行者として、計算、思考の助手として、ますます精妙になりつつあった。七十億の人間の約三分の一が、実質的に、一人について一人ずつの、おどろくべき有能さと、巨大な容量をもった超人的秘書[スーパー・セクレタリイ]をもったにひとしい状態にちかづきつつあったのである。
あるいそがしいエクゼクティブが、仕事に追われながら、電子脳にむかって、
「おい、あれ……」
といったとたんに、電子脳が
「はい……」
といって即座に彼ののぞんでいたコピーを吐き出した――というのは,すでに古い小話だった。いまや、電子脳は、“ツー・カーの時代”にはいりつつある、と誰かがうまいことをいっていた。

日本SF傑作選2 小松左京

 

小松左京が半世紀前に描いた電脳ネットワーク社会、この世界で繰り広げられる驚愕のストーリーは本編でお楽しみください。

日本SF誕生60周年記念企画 ハヤカワ文庫JA
『日本SF傑作選2 小松左京 神への長い道/継ぐのは誰か?』(日下三蔵編)

2017年10月5日発売(税込み1,620円)
収録作
・地には平和を 「宇宙塵」63号(63年1月)
・時の顔 「SFマガジン」1963年4月号
・紙か髪か 「オール読物」63年7月号
・御先祖様万歳 「別冊サンデー毎日」1963年10月号
・お召し 「SFマガジン」1964年1月号
・物体O 「宝石」1964年4月号
・神への長い道 「SFマガジン」1967年10月増刊号
・継ぐのは誰か?「SFマガジン」1968年6~12月号