小松左京アート展1

生賴範義先生が描いたこの肖像画は、小松左京の同人誌「小松左京マガジン」29号(2008年1月28日発行)の表紙を飾ったものです。

小松左京が晩年、病に伏せるようになってから、小松左京の妻、克美が、生賴範義先生にお電話で直接お願いし譲り受けました。

この原画は、上野の森美術館で開催中の「生賴範義展」で2018年2月4日(日)まで展示されます。

また、この肖像画は、小松左京の漫画家デビュー70年(SF作家になるはるか前、旧制高校時代商業漫画デビューをしています)を記念して銀座スパンアートギャラリーで1月28日(日)まで開催されている「小松左京アート展」で、キービジュアルとして使用させていただき、図録の表紙にもなっています。

 

 

「生賴範義展」「小松左京アート展」が生賴範義先生が描いた小松左京の肖像画で繋がった形です。

*終了しました。

この肖像画は、1972年のハードカバー版「復活の日」から始まり、未完の遺作である「虚無回廊」まで、様々な小松左京の物語を描いてきていただいた生賴先生による、小松左京に関する最後の作品となりました。

小松克美は、この肖像画に関して以下のように語っています。

 

「生賴さんから肖像画が届き、封をとき、実物を見た瞬間、涙が出ました。

 この肖像画に描かれた眼差しは、はるか宇宙の果てを見据え、なおかつその悲しみを知る、夫の深い眼差しを、まさしく切り取ったものです。

 ここに描かれた小松左京は、私が愛した夫、小松左京そのものでした」

 

克美は、母は生賴先生が描いた肖像画を毎日眺めながら、小松左京の最後の日々を見守り、小松左京のお別れ会の際には、遺影として飾られましたた。

そして、小松左京が亡くなってから、克美が毎日話しかけるのも、この肖像画に対してでした。

 

今回の展覧会が終了後、肖像画は小松左京の自宅に戻されます。

なお、この絵を送る際には、克美は以下のようにも語っています。

 

「生きている間は、しょっちゅう取材で飛び回っていたから、取材旅行と思えば寂しくないです」

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  「小松左京を宇宙に送り出す会」では遺影として飾られました。

(2011年11月29日撮影)