SF一家のネコニクル 第6回〜ゲバ猫チャオのショートショート集〜

前回に続き、ゲバ猫チャオのお話です。

えーと、ゲバ猫というのはゲバルト猫の略です。ゲバルトはドイツ語で暴力を意味し、60年代の学生運動華やかなりし頃、ゲバ棒(機動隊や異なる派閥と闘う際の武器となる角材)や内ゲバなどといった言い方で使われていました。

チャオの登場は70年代の初頭なので、やたら暴力的なこの猫をゲバ猫と表現しました。

小松左京は1974年、雑誌「婦人生活」に「わが家のゲバ猫」として、チャオのエピソードを発表しています。

さて、あまりにユニークでエピソードの多い、ゲバ猫チャオということで、ショートショート風に各エピソード短く紹介させていただきます。

 

まずは、その強面に関するエピソードです。

なんせ、『明日泥棒』の宇宙人ゴエモンと同様に、どっち向いているか判らない顔で、歴代小松猫の中で一番の悪相であることは、一点たりとも曇りなく小松一家全員一致の見解です。

さて、小松左京が夜、帰宅途中のタクシーでのエピソード、家までは、まだ1キロあまりある場所で、道路を横切るうす汚い猫の姿がありました。

タクシーの運転手さんが、「あんな汚い猫でも、誰か飼ってはる人がいるから、生きてるんですな〜」と、声をかけ。

こりゃあ、チャオより汚いかもなと、「そうですな」と相槌をうった瞬間、タクシーのライトに照らされた猫が、こちらを向きます。

闇を背景に浮かび上がったその薄汚い猫の正体は、まごうことなく我が家のゲバ猫チャオ。

小松左京は恥ずかしくて、ついにその汚い猫の飼い主であることを名乗ることはできませんでした。

そんな悪相のチャオが、小松家の塀の上にスフィンクスのようなポーズで陣取り、家の前を通る女学生にガンを飛ばすこともありました。鬼瓦みたいなので、魔除け代わりにはなったことでしょうが、家族にとっては恥ずかしいかぎりでした。

小松左京が懇意にしていただいてた、桂米朝師匠が、遊びに来ていただいた時のこと、小松左京の妻である克美が、チャオをお披露目しようと、「チャオ、チャオ」と応接間に招きよせようとしたところ、その姿を見た米朝師匠は、思わず、「チャオてなもんか…」と、ちょっと困ったような笑いを浮かべられました。まあ、あの顔で、チャオてな可愛い名前は確かに似合いませんが(ちなみに、その名の由来は尾が茶色からで、漢字では茶尾とかきます)。

続いては、ゲバ猫チャオにファンがついた話。

主婦向けの雑誌「ミセス」で、当時、著名人の猫を紹介する特集が続けられていました。

それまでは、由緒ある、そだちの良い「わらわはアビシニアンでございますのよオホホほっ」「あ〜ら暑苦しそうな毛並み、やはり猫といえばクールビューティーのわたくしのようなシャムよシャム」てな感じのお猫さんたちがグラビアを飾っていました。そこにゲバ猫チャオです。

まごうことない雑種、天下無双の悪相。

「隙があったらかかってこんかい、ワレ!」てな感じの猫をプロの写真家の方が撮影です。

よく没にならないなと思っていましたが、無事掲載されました。その上、ミセスを見た方からチャオにファンレターまで届きました、なんとプレゼントにと、可愛い首輪まで同封されて。

「チャオ良かったね」と、早速首輪をつけようとしましたが、首周りの半分にも足りません。あのごつい顔を支えるため、プロレスラーのように首が太くなっていたのです。

凶暴さに関するお話。

前回、小松左京がチャオに全身ズタボロにされたエピソードを紹介しましたが、チャオの被害者は、小松左京だけではありません。

せっかく遊びに来てくれたファンの方はテーブルの下から執拗に足を噛まれ続け、「先生何とかしてください」と叫び声をあげました。

書庫で本の整理をしていた秘書さんが、昼寝しているチャオの横を通ろうとしたところ少し狭かったので、ちょっとお尻の部分を押したところ、チャオは昼寝を中断し階段を下りていきました。しかし、やはり気にくわなかったらしく、とって返してきて、やおら秘書さんの足をガブリ。秘書さんの悲鳴が家じゅうに響きました。

極めつけは、現金書留をもってきてくれた郵便配達の方。玄関で判子をついている間に、これまた足にガブリです。

 

チャオは、歴代小松猫たちをいつも大切に世話していた克美にも容赦しません。

当時、克美は能を習っており、「船弁慶」の演目を家で練習するため、稽古用の木製の薙刀をかまえ、声をあげていました。チャオはその声に呼び寄せられるように、身体を低くした威嚇姿勢で「ウォーウォー」と近づいてきます。能独特の発声を、ライバルの雄猫の叫びと勘違いしたようです。「船弁慶」なので、克美が平家の総大将であった平知盛の怨霊、チャオがそれに対峙する弁慶といった役回りでしょうか?(チャオの弁慶は中々のはまり役です)。

 

薙刀をもっているとはいえ、チャオの凶暴さを良く知る克美は練習を取りやめ、これ以降、能の練習は、チャオが家を出ているときに、こっそりすることになりました。演目どおの筋書どおり、弁慶に退散させられた形です。

 

そんな克美が激怒したエピソード。

凶暴で悪相なチャオですが、そうはいっても猫は猫。紐などでジャラすと、喜びます。

小松左京の子供たちが、紐をひきずり家の中を走ると、喜んでついてきます。何度も繰り返すうちに、興奮したチャオは、家中を駆け回り、あろうことか、茶の間にすわっていた克美の顔を駆け上がったのです。

チャオはかなり図体のでかい雄猫です。それが興奮して爪を出して駆け上るから大変です。克美の鼻の横には、盾にするどい傷がつきました。

「あの土畜生!傷が残ったらただじゃおかない」

本当に殺しかねない勢いに恐れをなした子供たち二人は「チャオを興奮させた自分たちも悪い」と、必死にチャオの命乞いをしました。この騒動、傷もしばらくして綺麗に治ったため、何とか無事に収束しました。

子供たちは、父と母それぞれに、チャオの命乞いをしたわけです。

チャオには、散々な目にあった克美ですが、「あんな性格の良い猫はいない」と、いまだに懐かしがっています。

 

チャオの好物。

チャオは、タコと小芋の煮物が大好きでした。

小松左京の夕食の残りをやったところ、最初はタコしか食べなかったのですが、やがてタコの味がしみた小芋も食べるようになり、晩年、歯が悪くなってからは、タコ味の小芋ばかり食べていました。

チャオが頻繁にこの煮物を食べることが出来たのは、小松左京の好物であり、その残りが出たからです。つまり、タコと小芋の煮物は、チャオと左京が揃っての好物ということになります。