『SF一家のネコニクル』第1回

 ~「復活の日」の主人公吉住のモデルは、コマツ猫初代フクちゃんなのか?~

 

小松左京は大の猫好きで、子ども時代はもちろん、家庭をもってからもずっと猫を飼い続けました。

猫は、SF作家・小松左京を癒すことで創作活動を支え、時には小説やエッセーのアイデアを提供し、また時には足をひっぱり(引っ掻き?)と常にそばにいました。そんな歴代のコマツ猫たちを紹介していきたいと思います。

 

とにかく、SFと猫であふれる家でした。

左京一家のネコ歴史、すなわちネコニクルのはじまりは、左京の結婚直後の1958年にまで遡ります。

初代はフクちゃん。もともとフクちゃんは、新婚当時、左京と妻の克美が住んでいた兵庫県西宮市のアパートのご近所の方の飼い猫で毎日遊びに来てすっかり克美に懐いていました。

そんなフクちゃんですが、ある時、飼い主の方が大阪市内に引っ越すというのでお別れすることになりました。

 

フクちゃんとお別れしてから数か月後、ガリガリにやせ細り汚れた猫がアパートに現れました。どこか面影を残したその姿に克美が「あなた、フクちゃん?」と問いかけると「ウニャー、ウニャー」と鳴くばかりでした。

それはそうです、ネコですから。

妖怪猫又や「涼宮ハルヒの憂鬱」のシャミじゃあるまいし、喋ったりしたら大騒動です。

 

克美は、本当にフクちゃんなのか確認するため、元の飼い主に連絡しました。

やはりフクちゃんは飼い主のもとを離れ、姿を消していました。

痩せ衰えた猫は、克美と仲良しのあのフクちゃんだったのです。

 

引っ越し先の大阪市内からアパートのある西宮市の甲東園まで、直線距離でも十数キロはあります。ましてや、淀川、神崎川、武庫川といった大きな川を渡らなければなりません。どうやって、元の家を見つけることが出来たのでしょう。

ノラ猫となった限りは、餌を与えてくれる飼い主も安らかな寝床もありません。けれど幾多の苦難を乗り越え、フクちゃんは帰ってきたのです。

 

「ヨシズミ……おお、ヨシズミ……」イルマは蓬髪の、しらみだらけの男の頭をしっかり胸にかかえ、しわぶかい顔を涙にぬらしながら叫んだ。「生きていたのね……わたしの息子……六年間も……あの水爆や細菌にやられずに……六年間も……よくまあワシントンからここまで……」

 男の汚ない顔が、イルマの涙でぬれた。男の眼も、涙にあふれた。――しかし、その眼の失われた光はついにもどってこず、イルマの胸にかきいだかれたまま、ただ嬰児のように、「ああ……ああ……」と叫ぶばかりだった。

(小松左京著「復活の日」より)

復活の日表紙

 

 

小松左京の代表作である「復活の日」。

その主人公で、ウィルスと核によって滅びた世界を仲間に会うために北米、南米大陸と一人縦断した吉住のモデルは、このフクちゃんだったのではないでしょうか。

猫にとっては果てしなき道のりを超えて、フクちゃんは帰ってきたのです。

 

元の飼い主の方と相談の上、フクちゃんはそのまま克美に引き取られ、小松左京一家の初代ネコの栄冠を手にいれました(本当はペット禁止のアパートだったようですが)。

 

「でもね、私たちのところに帰ってきたわけじゃなかったの。結局、近所のメス猫が目当てだったのよ…」克美はしょうがないわねといった面持ちで真実を語りました。

 

アパートの外から、そのメス猫の呼ぶ声が聞こえると、フクちゃんは、まだ長旅で体力が回復していないのに、よろよろと出かけていきます。

「フクちゃん、だめよ。そんな身体で!」

克美が声をかけると、フクちゃんは振り返り、一瞬すまなそうな顔をしましたが、そのまま去っていきました。

(きっとそのメス猫は、映画「復活の日」のヒロインを演じたオリビア・ハッセーばりの美猫だったのでしょう)。

 

その後もメス猫との逢瀬は続き、無理をかさねた結果、フクちゃんは命を落としました。

克美は悲しさのあまり泣きじゃくりました。

あまりに泣き続ける克美を気の毒に思った管理人さんは、アパートの敷地の片隅にフクちゃんを丁重に葬ってくれました(一応、ペット禁止のアパートなんですが・・・)。

 

こうして、初代コマツ猫のフクちゃんは、愛のために遥かな旅をし、愛のために命を削り、その短い一生を終えたのでした。

 

 

初代コマツ猫フクちゃん曰く

「余の猫生に悔いはない…

        Life is nyandafull…」

 フクちゃん

【1958年撮影】

小松左京の猫尽くし本はこちらです。

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